身近にあるものがごちそうになる。「日々を楽しむ」ための、長尾明子の思案と工夫

取材・執筆:むらやまあき
撮影:田野英知
編集:瀬尾陽(awahi magazine編集部)

「おにぎり、よかったらどうですか?」

そう言って、牡蠣のしぐれ煮がのったおにぎりと旬のおかずのプレートを取材班にふるまってくれた、料理家・写真家の長尾明子さん。故郷である岐阜県美濃加茂市からとった『minokamo(みのかも)』という名前で、全国の郷土料理を取材し、現代になじむアレンジレシピの考案や食のイベントの開催など、さまざまな活動をしています。

「例えばお昼時だとご一緒してる方が、おなか減ってらっしゃらないかな?って、つい気にしちゃうんですよ」と笑う長尾さんは、上京した頃から大切な人たちにご飯をふるまってきたのだそう。かつて暮らした阿佐ヶ谷への特別な思い、仲間からもらってきたもの、そして長尾さんはご飯をつくるときに何を考えるのか。じっくりとお話を伺うなかで、今ここにある日常を豊かにするヒントが見えてきました。

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やさしさを分けてくれることが贈り物

長尾さんの中で、記憶に残っている贈り物はありますか?

ぱっと最初に思いついたのは、地方出身の友人からいただいた野菜やお米ですね。絵を学ぶために上京して、杉並区の阿佐ヶ谷に住んでいたんです。そこでできたたくさんの仲間たちが、「これどうぞ」と故郷でとれる名産品や、ご両親が育てたものを持ってきてくれて。それが本当に全部おいしいんです……!

友人のご両親が丹精込めて育て、子どもの健康を願って送ってくれた食材は、過程の全部がやさしい気持ちでできていると思うんです。その食材を通して、私も知らない土地のおいしさを知ったり、お会いしたことのないご両親のやさしさに触れたりできる。「ありがとう」と「おいしい」が循環していく感じが、いいなあって。

食材の背景に思いを馳せると、調理して食べるときの心持ちもきっと変わりますよね。

変わりますね。小松菜ひとつとっても、いつも以上に素材に集中して、「こうしたらおいしそうだな」と考えたりとか。あとは、食材を通して「友人が生まれ育った場所はどんなところかな」「いつか行ってみたいな」と、“旅欲”を掻き立てられたりします。

過去のインタビューなどを拝見していても、長尾さんにとって阿佐ヶ谷は特別な街なんだろうなと感じます。

そうですね。本当は、自分の“阿佐ヶ谷物語”を書けたらなと思うほどなんです(笑)。街のあちこちに仲のいい人たちがたくさんできました。家に帰るとドアに食材の入った袋がかけてあることが度々あり、そうしたやさしい気持ちがとても嬉しかったですね。

上京時、知り合いが誰もいなかったんですよね?どうやって人間関係を築いていったのでしょうか。

食を通しても広がりました。当時、街のブラッセリーやパン屋さんで働いていて、常連の方や、お店のご近所さんと仲良くなったり。つながりがつながりを生んで、大好きな人たちがどんどん増えていった感覚です。

そうした暮らしの中で、街の方たちとの印象的なエピソードがあったら教えてください。

働いていた店のご近所のおばあちゃんお二人と仲良くなりました。お一人は、阿佐ヶ谷を離れた数年後に道端で再会したら、ティッシュで包んだおこづかいを渡そうとしてくれ、びっくりしたこともありました(笑)。

もうお一人の和菓子屋のおばあちゃんからは、お店をたたまれる時に長年使いこまれた蒸し器をいただきました。それから20年は経ったのかな……今でも大切に使っていて、さらに味わいのある表情になってきましたね。

常連だった飲食店でも、忘れられないエピソードがたくさんあります。

焼き鳥屋兼ラーメン屋の大将は、店を開いたら良いんじゃないかとラーメンの秘伝の技術を伝授してくれようとしたり、ご家族経営の料理店では、お子さんが懐いてくれたことがきっかけで仲良くなり、店をたたまれた後でもご自宅で夕食をご一緒したり。

阿佐ヶ谷を離れた今でも、食のイベントに顔を出してくれる方もいますし、長らく会えていなかった方が私の本が出るたびに購入してくれていたことも、ついこの間知りました。そうした優しい思いを寄せてくれたり、ご縁が今でも続いてることは、私にとって本当に大切な贈り物です。

大切な仲間も思い入れもたくさんある街なのに、あえて出ることを選択したのはなぜだったのでしょうか。

みなさん親切でやさしく、とても心地よい環境だったからこそ、つい甘えてしまう自分もいました。もっと成長したいという思いから「えい!」と引っ越すことにしたんです。

寂しい気持ちはもちろんありましたが、離れてみたことで東京に故郷のような街がひとつ増えたと感じています。今でも阿佐ヶ谷を訪れると、街も人も変わらずやさしくて、帰ってきたような気持ちになりますね。成長もさせてくれて、やさしさも教えてくれた、そんな場所だと思います。

“今あるもの”で思案すると、知恵とアイデアが生まれる

長尾さんご自身は、周りの人に贈り物をされますか?

旅先で美味しいものや、素敵なものと出逢うと、ふと「あの人好きそうだな」と思い浮かんだ方にプレゼントすることがあります。相手にお渡しするまでの、ちょっとワクワクする時間も楽しいですよね。

それから、自宅のプランターではハーブやパセリがとっても元気で、小さな花が咲いてくれることもあるんです。それで摘んで、食べられる花束を用意することもあります。なんとも可愛らしい素朴な花束で、いつもうっとりしてしまいます(笑)。食いしん坊な友人たちは喜んでくれます。

そもそもの質問になってしまうのですが、長尾さんが料理家になるきっかけはなんだったのでしょうか?

私が料理の活動を始めた一つのきっかけは、故郷・岐阜での祖母との経験です。さまざまな世代の親戚が集まり、食卓を囲んで楽しくご飯を食べる時間が、大人になってから振り返ると、良い場だったと改めて感じました。

上京してからは、友人たちのそれぞれの故郷から食材が届くと、みんなで集まっては食卓を囲み、自然と料理係を担当することになりました。そうした「楽しい輪」の中から、料理家になるご縁をいただいたと思っています。

「楽しい輪」が育んだ縁からだったのですね。ちなみに、大切な人たちにご飯をつくるときは、どんなことを考えて準備をされていますか。

その日の天気や集まる人数、顔ぶれに合わせて、どんな料理なら楽しい食事の場になるかな、喜んでいただけそうかなと、想像しながら用意します。もし苦手な食材があった時は遠慮なく残してもらって良いですが、よかったら挑戦してみたら、とお伝えすることも。改めて「苦手」と再確認しても良いし、もし食べてみて「おいしい」と感じたら、好きな食材がひとつ増えるのは嬉しいことですよね。

なるほど!工夫のしがいがあるというか、それは考えたことがなかった視点です。そうした思案の中から得られた、様々な気づきもあるのではないでしょうか?

そうですね、たとえば家では、ちょっと特別な気分の時に、日常の食材でもレストランのような一皿にしてみたり、ビールを楽しみたい日は町中華風にしてみたりします。

特別な食材や器を用意しなくても、盛りつけを少し変えたり、光の向きを工夫するだけで、いつもの料理でも雰囲気は変わるんですよね。同じ素材や一品でも、表情が変わるところが面白いなと思います。そうして卓上を楽しんで整えると、「いただきます」という感謝の気持ちも自然に湧いてくるように思います。

また、アウトドアなど食材や道具が限られた場面でも、「何か方法はあるはず」と考えることで、思いがけない発見が生まれるのも楽しいですね。

想像を巡らすだけでワクワクしますね。こうした長尾さんの考え方や姿勢は、どなたかに影響を受けたものでしょうか。

祖母との暮らしや、各地の郷土料理の取材を通して、身近にあるもので生活をしてきた先代から学ぶ機会をもらえたことも大きいと思います。今でも父は、何かが故障すれば自分で直したり、部品が壊れたら作ることもあるし、小屋も作るんですよ!いつも驚かされます。あるもので環境をよくしたり、美味しく、楽しくすることは見習いたいなと思います。

実は今、故郷から届いた大量のりんごを持て余してしまっていて。お話を聞いて、それも工夫次第で楽しく食べきれるのかもしれないなと思いました。

そうです、そうです!豚の生姜焼きが食べたいなと思ったときに、「みりんや砂糖の代わりにすりおろしのりんごを入れたらおいしそうじゃない?」とか、「スライスして一緒に炒めたら、ワインに合う一品になりそう!」と、まずは身近にあるものでつくってみようと考えると、たくさんの発見があるし、新しいアイデアやレシピも生まれる。それは、「日々の楽しみの見つけ方」と似てるかもしれませんね。

ささやかな場所から「旬」をあらためて知る

「日々の楽しみの見つけ方」と似ているというのは、まさにそのとおりですね。こうした考え方は、各地で親しまれてきた郷土料理の魅力を引き継ぐ、長尾さんの活動と根底で共通する部分もありそうです。

少し昔の暮らしを振り返ると、冬は作物が少ない分、干したり漬物にしたりと、身近にあるもので工夫してきましたよね。近年は気候変動の影響などもあって、これまで手頃だった野菜が高価になったり、お米の価格が変動して戸惑うことも多いと思います。でも、その時々の環境に合わせて生きる知恵を身につけてきた先人たちから、今の私たちが学べることがたくさんあると感じています。
歴史から知ることもたくさんありますし、旅や日常にもさまざまなヒントがあります。例えは、旅先だと銭湯で湯船につかりながらお母さんと料理の話になったり、その土地のスーパーマーケットで知らない食材を見つけた時に、買い物中の方にお尋ねしたり。もちろん、東京で郷土の文化や料理を教えてもらうこともあります。

気候変動などの影響が大きい現代ですが、その中で豊かな食を楽しむためにどのようなことができるでしょうか?

まず日常からできることとしては、「旬」をあらためて知ることや、その時にあるもので工夫してみることかなと。うちの小さなプランターでも、毎年花が咲き、種が落ちて、自然と芽が出てくる。成長を見るのも嬉しく、同時にささやかな場所から季節の移り変わりと旬を教えてくれるんです。

身近なところに、教えてくれる先生はたくさんいらっしゃるな、といつも思います。

長尾明子/minokamo(ながお・あきこ/みのかも)

料理家・写真家

岐阜県美濃加茂市出身。現在の拠点は東京と祖母が暮らした岐阜の築100年以上の家。日本の地域食の調査・提案をライフワークとし、自治体などとの協働で特産品を生かした料理を数多く考案。フードスタイリング、雑誌等へのレシピや器づかいの提案、食を通じた世代間交流のイベントも開催。写真家としての活動のほか、書籍・記事の執筆、イラストも手がける。著作に「つつむ料理 焼売/餃子/肉まん/おやき」「みそ味じゃないみそレシピ」『粉100、水50でつくるすいとん』『料理旅から、ただいま』など。