私たちは植物を所有できない。ただ、命の通過点になるだけ——川原伸晃が語る、受け継ぐことと手放すこと

取材・執筆:石田哲大
撮影:細倉真弓
編集:瀬尾陽(awahi magazine編集部)

誕生日や記念日のプレゼントから、人生の節目のお祝い、お見舞い、お悔やみまで。植物は人生のあらゆるシーンで、さまざまなメッセージを伝える「贈り物」になります。一方、植物によっては人間より寿命が長いことも多く、引っ越し、介護、家族との別れ——やむを得ない事情から、植物を手放さなければならなくなることがあります。

『植物哲学 自然と人のよりよい付き合い方』(講談社選書メチエ)などの著作を持ち、植物専門店『REN』の創業者であるボタニカルディレクター・園芸家/華道家の川原伸晃さんは、「数十年間も一緒に暮らしてきた植物を、ゴミとして捨てるなんてあり得ない」と困り果てる人を数多く目にしてきたといいます。

川原さんは20代で家業の園芸会社の跡継ぎとなり、植物を育てる上でのあらゆる困りごとに寄り添う『プランツケア』、誰かが育てられなくなった植物を下取りして次の人へと繋ぐ『リボーンプランツ』、枯れてしまった植物を土に還す『グリーフケア』など、業界の常識から外れた新サービスを立ち上げてきました。

さまざまな植物との出会いと別れを繰り返し、想像もしなかった物語が持ち込まれるなかで、川原さんが気づいたのは、植物と人間のあいだの贈与と循環、そして植物のケアを通じた人間への眼差しでした。

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先代から受け継いだ「活ける」という社是

川原さんが大切にしている贈り物や受け継いだもの、それにまつわる記憶について伺えますか?

僕は『東京生花株式会社』(1919年創業)というRENの母体にあたる会社を第4代目として受け継いでいます。それをバトンとして渡してもらったこと自体が、本当に感謝してもしきれない、ご先祖からの大きな贈り物だと思っています。

そのなかでも、先代が残してくれた特に素晴らしい贈り物は、「活ける」という社是だったと思います。歳を重ねるほど、そして人文学の知識を学ぶほど、その言葉の持つ深い意味に気づいていくというか。

深い意味というのは?

わかりやすく言えば、植物の「持続性」や「循環」を意味するフレーズだと思うんです。日本では2015年頃から「SDGs」や「サステナビリティ」といった言葉が流行しはじめましたが、その約100年前から、時代の中で古びない言葉として、「活ける」を社是に商売を始めていた。その先見の明がすごいと思うんですよね。

当社は創業以来、生け花の流派に花材を卸す「素材屋」を祖業として営まれてきました。花文化を“黒子”として支えるなかで培われた当社の解釈……というより僕の解釈ですが、「活ける」とは「自然物の価値を最大化すること」だと思うんです。

『植物哲学』にも書きましたが、根がある多くの植物は生物学的に寿命がないとされます。環境さえ合えば、数千年以上、いつまでも生き続ける可能性がある。そうした植物の可能性を最大限に開いていくことこそが、「活ける」ということなのかなと。

僕たちが手がける『プランツケア』などのサービスでも、「循環」を強くコンセプトに置いています。ただ、「サステナビリティを意識しています」と説明すれば伝わりやすいのですが、僕たちはもっと日本的な価値観で対象物や自然物を見ていて。生きている植物を扱ううえで、「生ける/活ける」というのは、「活かす」こと。つまり、持続させること、循環させるということが一直線に繋がっていると思うんです。

だから、自分たちがやっていることを言語化しようとしたとき、「活ける」という社是がすでにあったのは本当によかったなと感じています。

父から渡された、恐ろしい言葉の贈り物

先代は“黒子”として花材の卸販売で栄えてきたということが、川原さんの世代からは新サービスを立ち上げるなど、どちらかといえば表舞台に立つ動きをされていますよね。

実は代替わりの時に、先代である父親からある恐ろしい言葉をかけられまして……。

どのような言葉だったのでしょう?

「新しいことをやれ」と。その一言だけです。息子からすると一番恐ろしいプレゼントだと思いませんか(笑)?

たしかに。自由ではあるけれど、その反面かなり重いというか……。

そうですよね。「伝統を守れ」と言われたほうが、やることは明確だし楽かもしれない。でも、父はそうは言わずに会社を丸ごと託してくれた。まだ20代前半そこそこの僕にですよ。

実際、その後は放ったらかしで、今思えばとてつもない覚悟や決断だったと思います。周囲からも「あなたがやってることはすごいけれど、それを許したお父さんが一番すごい」とよく言われます。

僕も自分の子供に今同じ言葉が贈れるかというと……自信がありません。それぐらい危険な言葉ですから。僕はたまたまうまくいきましたけど、という感じです。

近年、RENとして取り組んでいる新しいサービスは、100年続く「活ける」という社是と、父親から渡された「新しいことをやれ」という言葉への、川原さんなりの答えだったと。

はい。特に僕が強く違和感を抱いていたのは、生き物であるはずの植物が「インテリア」として数年で消費されるモノのように扱われている風潮でした。

例えば修行先でも、植物を購入してくれたお客様から「うまく育たない」と相談されると、「とりあえずいい感じに説明して、新しいのを買ってもらって」と先輩に言われることがあった。あるいは、まだ明らかに生きているのに、傷物だからと処分せざるを得ないケースもたくさんありました。

「活ける」を社是とする家系に生まれながら、目の前の植物を活かすことができずに捨てられていく。「これで本当にいいのだろうか」と当時の同僚とずっと話していましたし、普通に考えておかしいだろう、という確信を持っていました。だから『プランツケア』や『リボーンプランツ』を始めたんです。

贈与の“根幹”に触れる瞬間

川原さんが植物のサービスを通じて、気がつくと受け取っていたもの、もっと言うと、想いの循環のようなものを感じる瞬間はありましたか?

実はその質問が、まさに今考えていることのど真ん中でして。

誰かが育てられなくなった植物を下取りして、僕たちが再生して次の人へ繋ぐ「リボーンプランツ」というサービスを運営するなかで、「贈与」というものの“根幹”に触れている気がしてやまないんです。

僕たちが運営する『プランツケア』は、植物を育てるなかでの困りごとを何でも解決するサービスです。多くは「うまく育てられないから元気にしたい」というご相談で、鉢替えなどの提案をしています。ただ、「もう育てられないです」という方も結構いらっしゃる。「がんばって面倒を見ていたけど、うまくいかないから嫌になった」という方もいれば、「引っ越しで持っていけない」といった事情がある方もいる。そういう方に向けて『リボーンプランツ』は始まったんですが、最近、まったく想像していなかった事例が増えていて。

どんな事例なのでしょう?

「終活」に伴うご相談ですね。

よくあるのが、亡くなったご主人が好きで育てていた植物を、遺された奥様が「自分には同じ愛情を持って育てられない」と持ち込んでくるケース。あるいは「自分も施設に入るから持っていけない」という相談もあります。

植物は30年、40年と当たり前のように生きますから、ペットよりもずっと長寿です。しかも、ほとんど毎日同じ空間で暮らしている。「ゴミとして捨てるなんてあり得ない」と、相当強い思い入れを持っている方がとても多いんです。

そして、どうしようもなくなった人たちが、うちのサービスを見つけて来てくれるのですが、僕たちが「引き取ります」と言うと本当に安堵した顔をされるんです。その瞬間、僕は思うんですよ。「これは一体何なんだ?自分は一体、何をしてるんだろう?」と。

人間はただ、命の通過点になる

持ち込まれる植物には、長い年月一緒に暮らしてきた人間の想いや時間の重みが刻まれているわけですね。

最近も印象に残る出会いがありました。近所で40年続いた純喫茶が閉店することになり、そこにずっと置かれていた観葉植物を引き取ったんです。店に持ってきてスタッフみんなで見たら、幹が妖艶なほど“黒光り”していて。40年間、お客様が吸うタバコの煙で燻され続けて、ヤニを全身に纏ってたんです。

生物学的に見ればタバコの煙で燻され続けるのは、良い環境ではなかったかもしれないですし、人間の基準で見れば「汚れ」かもしれません。でも僕には、その黒光りがめちゃくちゃ格好よく見えたんですよね。

普通に市場で流通している植物は形が整っていますが、長い時間をかけて誰かのもとで育った植物には独特の個性がある。窓際にずっと置かれていて、一方向だけに極端に伸びていたり。そういう植物を見ると、「よくぞ、こんな形に!」と思うんですよね。40年という時間と、店に通った人々の喧騒をすべて吸い込んで生きてきた証ですから。

僕たちからしたら、「こんなのをもらっていいのだろうか」と、本当に贈り物をいただくような感覚です。だから、その「履歴」を肯定したうえで「この黒光りが素敵なんですよ」と次の人に紹介したい。

そうした経験を重ねるなかで、植物に対する見方は変わりましたか。

人間よりはるかに長い時間を生きる植物と接していると、価値観が変わってくるんです。僕たちは植物を「所有」なんてできない、と。

だって、お金を出して買っても、確実に僕のほうが先に死にますから。植物からすれば、人間なんて一瞬通り過ぎていく風景のようなものかもしれない。しかも植物は成長し続けて形も変わっていく。だから僕は、「これは一体なんなんだろう……」と思ったんですよね。

つまり、そもそも植物は「循環」が前提になっているんです。だから感覚としては「所有」ではなく、僕たちは長い命のバトンリレーの「中継地点」に過ぎない。

借り物だからこそ、自分の手元にある間は精一杯の敬意を持って活かす。そして手を離れるときが来たら、次の誰かへ渡していく。それが植物との誠実な付き合い方だと思いますし、それはとても本質的に「贈与」である気がするんです。

人間よりも長生きするからこそ、やがて手放す時がやって来るし、そこには循環が生まれる。

面白いことに、『リボーンプランツ』のシステムをうまく活用して、繰り返し利用するお客様がいます。つまり、『リボーンプランツ』で購入した植物を、時間が経ってまた僕たちの下取りに出すんです。一見するとネガティブに映るかもしれませんが、僕は逆にそれがすごくいいなと思うんですよね。

なかには「何度も戻ってくる植物」もいます。誰かのもとへ行って、数年後にまた戻ってきて、また別の人のところへ行く。3度目の「転生」を果たした植物もいます。「お前、いま何周目なんだよ」と思ってしまう(笑)。これは商売なのか、一体なんなのか、どんどん自分でもわからなくなってきていて。

植物に向き合い続けて、気づけば人間をケアしていた

プランツケアのなかには、枯れてしまった植物を土に還す『グリーフケア』というサービスもありますね。

これは、現時点では最後に始めたサービスです。正直、始める前は本当に需要があるのか半信半疑でした。

『グリーフケア』は、もう植物のケアすらしていないんですよ。すでに枯れているわけですから。だからやらない選択肢もあったのですが、僕の中では「やらないのはおかしい」という結論に至って。

蓋を開けてみたら、利用される方がものすごく多くて。「今まで一緒に暮らしてきたこの子を捨てるなんてできない」と皆さんおっしゃるんです。

ドイツ語の「Gift」は「贈り物」と「毒」の両方を意味するそうですが、植物もそれに似ているところがあるように思います。癒しであると同時に、枯らしてしまったときの罪悪感や、捨てられないという重荷は「毒」にもなり得る。僕のところに相談に来る方は、その毒に苦しんでいるんですよね。

だから『グリーフケア』は、完全に枯らしてしまった人間を元気づけるためのサービスなんです。

川原さんは植物だけでなく、行き場のない人間の想いまで引き取っているように見えます。

そうですね。お客様が安堵されたり、涙を流されたりする姿を見ていて気付いたんです。「ひょっとして人を癒していたのか……?」と。

『グリーフケア』だけじゃなくて、日常的なLINE相談もそうなんですよ。植物の診断って、写真が送られてきて「こうしてみてください」とやりとりするんですが、1日に何十件も来る。スタッフによっては1日それだけで終わることもあって。ある時ふと、「これは何をケアしてるんだろう」と思ったんです。

植物の相談に乗っているようで、実は人をケアしている。

始めた時は全然そんな意識がなかったんです。むしろ逆で、人間が嫌だから植物を大事にしたいという気持ちすらあった。植物を消費して使い捨てる人たちに対して、冷めた目で見ていた時期もありました。でもこの仕事を続けていくうちに、結局、人と向き合うことからは逃れられないんだと思いました。

『植物哲学』を最後まで読んでいただくとわかるのですが、結局この本は「人間讃歌」なんですよね。植物に愛着を持つことも、枯らして傷つくことも、捨てられないと悩むことも、全部含めて人間らしい。そもそも「自然」という概念自体が人間の作り出したものですから、どこまでいっても人間の営みからは逃れられない。だとしたら、その営みを否定するのではなく、どうすれば肯定できるかを考えたい。

植物が大事だと思ってすべてのサービスを作ってきたつもりだったんですが、やっていくうちに、だんだんわからなくなってきました(笑)。でも、そのわからなさが面白いんだと思います。

川原伸晃(かわはら・のぶあき)

ボタニカルディレクター・園芸家/華道家・植物哲学研究者

18歳の時、オランダ人マスターフローリスト、レン・オークメード氏に師事。オランダ最大の園芸アカデミーWellant College European Floristry 修了。2005年、東京生花株式会社へ入社、RENを立ち上げチーフデザイナーを務める。2011年、花卉園芸界のデザイナーとして史上初めてグッドデザイン賞を受賞。